幕末の志士達の想い、後世に託す|京都編

今回の取材先
霊山歴史館の御紹介

 

霊山歴史館は第二次世界大戦後、松下電器産業(現パナソニック)の創業者である 松下幸之助が初代館長となり、昭和45年(1970 年)に日本で初めて幕末・明治維新期の歴史を総合的に捉えて研究する専門博物館として京都に開館した。

 

第二次世界大戦後に、幕末に活躍した志士達のお墓の整理や顕彰活動を行うため、松下幸之助をはじめとする有志が顕彰会を立ち上げた。

ただお墓の整理を するだけではなく、当時活躍した志士達の事を、現代の若い人たちに向けて、 その時の活躍や想いを伝えることを目的にしていた。

 

▼今回の取材担当者紹介

【名前】だいきち、ちっち、なたぴー(最近ついた)

好きな食べ物はピーマンの肉詰め

そして和が好き。

 

▼霊山歴史館の担当者様のご紹介

【米澤さん】子供の事から歴史が大好きで、夢の学芸員に就労。

現在、居合を習っているそうです。

 

 

ここからインタビュー↓

●だいきち

霊山歴史館には数々の偉人が多く紹介されていますが、何か京都に所縁があるのでしょうか?

●米澤さん

あります。幕末の政治の中心地が京都でしたので、多くの志士が京都に集まりました。

例えば、坂本龍馬や西郷隆盛なども、京都で政治的活動を行っています。

そして、その活動中に京都で亡くなった方も多くいまして、歴史館の横にあります霊山墓地に埋葬されました。

そのため志士たちの出身地が長州や土佐だったとしても、霊山歴史館に資料が集まっています。

霊山墓地には坂本龍馬や中岡慎太郎のお墓もあり御骨もちゃんと入っています。

それは文献にも書かれていて、歴史館の裏手に坂道があり、その坂道を通って坂本龍馬と中岡慎太郎の遺体が霊山の墓地に運ばれました。

 

 

●だいきち
なぜ京都に御骨が運ばれてきたのですか?

●米澤さん

運ばれてきたと言いますか、京都の近江屋というお醤油屋さんを坂本龍馬は宿にしていましたが、そこで暗殺されたので、京都の霊山墓地に埋葬されました。

当時は幕府の権力が強かったので、大っぴらに幕府に対して反政府活動をしていた志士達を市中のお寺に葬ることができませんでした。 そのため、市中をはずれた霊山に埋葬されたと思われます。

● だいきち

歴史館がこの場所に建てられたのは何か理由があるのでしょうか?

●米澤さん

志士たちのお墓が横にあるということが、大きな理由です。

松下幸之助初代館長をはじめ、関西及び日本全国の有志が志士の顕彰をする目的で霊山顕彰会を立ち上げた後、その事業の一環として、資料の収集、研究、 普及のため建てたのがこの歴史館なので、お墓とは深い関わりがあります。

●だいきち

ちなみに個人的な事を聞きます。霊山歴史館で勤めているという事は、もちろ ん歴史が好きなんですか?

●米澤さん

保育園頃から歴史が好きですね。笑

実は亡くなった祖父が小学校の社会科の先生で歴史をやっていました。

その祖父の家によく遊びに行っていたので自然と歴史が好きになっていました。

初めて高校生の頃に学芸員という職業を知って、大学で学芸員の資格をとりました。そして霊山歴史館の副館長の先生とたまたま知り合いだったので、声をかけていただき、去年の4月から働いています。

●だいきち

ここで働く中で色々な想いがあると思いますが、外部に伝えていきたいことはなんですか?

●米澤さん

志士達の生き様や想いです。

亡くなっていった志士達の多くが20代30代の年代でした。私や学生さんと同じ年代の方も多くいます。 その志士達の全力駆け抜けた生き様を見て頂きたいと思っています。

●だいきち

志士の亡くなった年齢はいくつですか?

●米澤さん

坂本龍馬が33歳で亡くなったのですが、それでも没年齢は上の方です。

新選組の名前を高名にした池田屋事件というものがありまして、 池田屋事件で亡くなった志士の中には18〜20歳だった人もいます。

当時の人たちは元服して社会に出るのが今よりも早くて、 お父さんが早く亡くなったら10代でも一家の当主として藩に出仕しないといけませんでした。

精神年齢は現代の人たちよりは10歳くら い上だったであろうと言われています。

なので18〜20歳くらいでも30歳くらいのものの考え、判断ができたのだと思います。

●だいきち

霊山歴史館で務める事になったのは、副館長との縁があってと聞きましたが、 それは具体的にどういうキッカケだったのでしょうか?

●米澤さん

霊山歴史館の副館長が居合道という武道の師範代で、私は高校生の頃から副館 長に居合道を習っていました。そのご縁で声をかけていただきました。

そのおかげで、今こうして学芸員として働く事が出来ています。

●だいきち

ここ霊山歴史館ではどのような体験をすることができますか?

● 米澤さん

幕末に新撰組局長の近藤勇、副長の土方歳三たちが学んだ天然理心流という剣術があり、その剣術の稽古で使用されていた木刀を展示していて、実際に触れることができます。

また幕末、西洋から入ってきた最新式の銃、ゲーベル銃と戦国時代から日本で使用された火縄銃を展示しています。 こちらも実際に触れることができます。

こういったコンテンツは子供から大人まで幅広い年代の人気を集めています。

見るだけではなく、触れて感じてもらうことで、より楽しんでいただけるコー ナーになっています。

●だいきち

今後、霊山歴史館でやっていきたい取り組みはありますか?

●米澤さん

今後の取り組みといいますか、一貫してやっていく事はあります。

それは、志士たちの想いを正確に後世に伝えていくことです。

資料一つにしても、どういった想いで資料を作ったのか? 例えば手紙だったら、どういう想いでその人が書いたのか?

きちんと把握してお伝えないと、間違った事が間違ったまま世間に広まってしまう、なので意志・想いを汲み取って正確な情報を年齢、老若男女を問わず多 くの方々に、お伝えしていきたいです。

 


 

取材後、館内も案内していただきました。

そこで、米澤さんは一つ面白い情報を僕に教えてくれました。

実は霊山歴史館のどこかにハート型の石がある様です。

 

※ カップルにおすすめ。

是非探してみてください。

京都に所縁のある西郷隆盛。

坂本龍馬を切った刀も展示されている。

幕末の歴史について知る事ができる映像もあります。

出口付近には物販コーナーもあります。お土産に買って帰るのもいいですね! また西郷隆盛の首を切った刀も展示されています。

 

写真撮影 NG だったので気になる人は実際に足を運んでみては!

※ 今回取材の為、館内の写真撮影は特別に許可を頂いております。

 

一般で来館される方は写真撮影不可です。

ご了承ください。

 

▼霊山歴史館

住所:〒605-0861

京都市東山区清閑寺霊山町 1

TEL:075-531-3773

FAX:075-531-3774

URL:http://www.ryozen-museum.or.jp/index.html

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